ニュージーランドの歴史:ストーリーの発見

1880-1899年ごろのニュージーランド,ロトルアのテ・タウルアに住むマオリ族の一家

マオリ族とヨーロッパ人による土地の発見,ニュージーランドへの移住形態,文化を守るための衝突など,ニュージーランドの歴史は奥深く,紆余曲折に満ちたものとなっています。あなたの先祖の中に,ニュージーランドの主要な歴史的な出来事にかかわった人はいますか。


マオリ族の人々:ニュージーランドの歴史の始まり

ニュージーランドに最初に入植したのはマオリ族でした。1320年ごろ,ハワイキとして知られる南太平洋の島々から,クぺという男性とその一行が旅をしてきました。マオリ族の文化は,ハワイやタヒチ,クック諸島といったポリネシア圏の文化と似ています。

その後数百年の間に,さらに多くのマオリ族がニュージーランドに定住しました。彼らはその地をアオテアロアと呼んでいました。その名は現在に至るまで用いられており,マオリ族の多くは,今なおニュージーランドをアオテアロアと呼びます。マオリ族は自分たちのコミュニティーを守るため,という要塞化した村を築きました。彼らは侵略者から身を守るために,槍のような武器を使用していました。今では儀式に使用されることがあります。

この新たな故郷で,マオリ族の人々は豊かで肥沃な土地の活用法を速やかに習得し,ポリネシアの野菜を育てました。彼らは鳥狩と漁に長けた人々でもありました。

ヨーロッパの人々のニュージーランド探索

ニュージーランドの歴史は,ヨーロッパの探検家とともに,さらに紡がれていきました。1642年,オランダ人の発見者アベル・タスマンがニュージーランドに上陸しました。およそ150年後の1769年には,イギリスの探検家であり発見者であったジェームズ・クックが,三度にわたりニュージーランドへ航海しました。こうした航海を機に,ヨーロッパ人がこの国を真に探索するようになったのです。

クックの冒険から数十年間,この地に移住した人々の大半は,イギリス出身者でした。採金者や囚人を含む一部の移住者は,タスマン海を越えてオーストラリア経由でやってきましたが,イギリスからニュージーランドへたどり着くには,およそ100日を要しました。このような長い旅路を伴う冒険は,ほとんどの人にとって過酷なものでした。旅路が容易になるまで,ニュージーランドへの人口流入はさほど多くはありませんでした。

1800年代初頭から第一次世界大戦の直前まで,移民の中には,低価格または無料で渡航を許された人々もいました。第二次世界大戦後になると,比較的近い太平洋諸島出身者は言うまでもなく,フランス,ドイツ,スカンジナビア,ダルマチアといった国々から,さらなる人々がニュージーランドに移住することとなります。

ワイタンギ条約

ニュージーランドの歴史において忘れてはならない重要な日は,1840年2月6日,ワイタンギの日としても知られています。ワイタンギ条約は,イギリス王室が40以上のランガティラ(マオリ族の族長)に対し,イギリスの入植に同意し,マオリ族とヨーロッパ人の平等な扱いを実現するべく締結されました。

条約に関する英語およびマオリ語の本文解釈は,時代とともに変遷してきました。こうした解釈の違いから,条約の公平性,またニュージーランド国民が条約をどのよう受け止めているかという議論が起こるようになりました。

それでも,ワイタンギ・デーは国の記念日とされており,今なお祝われています。パレード,祝宴,スポーツイベント,大規模な祝典が国中で催され,マオリ族もヨーロッパ系ニュージーランド人も,同じくこの日を祝います。

テ・フェロフェロ王

ワイタンギ条約に調印後,マオリ族の人々は,ニュージーランドにヨーロッパからの移民が増えること,また政府が進出してくることを懸念し始めました。マオリ族およびイギリス政府間の対立は,1845年,とりわけ北島周辺で頂点に達しました。

多くのマオリ族は,ヨーロッパ人による進出から自分たちの土地および文化を守る方法を求めていたのです。彼らが導き出した策は,キンギタンガ,すなわちマオリ王擁立運動でした。後にポタタウ・テ・フェロフェロとして知られるテ・フェロフェロは,1858年,マオリ族最初の王として戴冠しました。テ・フェロフェロは,王という自らの立場が,いかに団結を象徴するものであるかについて語りました。彼は民に対し,「愛と律法と神への信仰を堅く守る」よう励ましています。

家族歴史とニュージーランド

ニュージーランドでは,歴史が重要なものと見なされており,家族の歴史がすべてです。人々は家族のストーリーを分かち合うことを喜びとしており,初対面の人に伝えることも多々あります。ニュージーランドのルーツを調べることで,人々の温かさ,家族に対する忠誠心を知り,多くの喜びがもたらされることでしょう。


このブログ記事の作成に当たり,ニュージーランドおよびその文化について,個人的な洞察と知識を分かち合ってくれた,マオリの血を引くニュージーランド出身のメイン・ティトに感謝をお伝えします。

ニュージーランドについてさらに学ぶ

/  Amie Tennant
2024年4月19日
美しく,青々とした緑の風景の中でニュージーランド旅行の冒険をするのを夢見たことがありますか。皆さんは『ロード・オブ・ザ・リング』と『ホビット』の熱狂的なファンで,映画が撮影された場所を見たいと思っているかもしれません。太平洋のこれらの島々出身の先祖がいて,そこにある文化や受け継ぎ…
ニュージーランドの食の伝統には奥深いものがあります。ニュージーランドの人々は,豊富な魚介類や地の産物を使っています。そして,作るときはいつも大量に作ります!彼らの豊かな食の伝統は深く,何世紀も前に作られた料理の多くが今日でも作られています。 家族の食の伝統を分かち合う ニュージー…
ニュージーランドという国とマオリ族の文化は,密接に関連しています。マオリ族の人々がニュージーランドを発見した時期は,紀元1320年にまでさかのぼり,現在まで続く豊かな文化が生み出されていきました。ヨーロッパ人の上陸以降,二つの社会は食,音楽,踊り,堅固な家族のきずな,幸せな生き方…
Page of 2


ファミリーサーチでは,あなたとあなたの家族をつなぐことを大切にしており,楽しい発見体験や家族歴史サービスを無料で提供しています。それはなぜでしょうか。わたしたちは家族を大切にし,世代をつなぐことは,現在そして永遠にわたってわたしたちの生活を向上させることができると信じているからです。ファミリーサーチは,非営利組織であり,末日聖徒イエス・キリスト教会によって運営されています。わたしたちについてもっと知りたい方は,こちらをクリックしてください。

タグ
著者について
レイチェルは家族の物語を語り聞かせるのが大好きです。彼女は20年以上にわたってプロのライターとして活動しています。ウィーバー州立大学を卒業した彼女は、 LDSLiving.com、 ChurchofJesusChrist.org、 FamilySearch.org、Meridian Magazineで記事を掲載しています。ルーツ テック、ウィーバー州立大学家族歴史大会、ブリガム・ヤング大学家族歴史大会、南カリフォルニア系図ジャンボリーでは講演者を務めています。