アイルランドで聖パトリックの日が祝われる

アイルランドの聖パトリックの日のパレードに参加する男性

3月17日—それは世界中の多くの家族や団体、また街にとって、ただの日ではありません。パーティーやパレード、緑色に染まった川など、聖パトリックの日を祝うお祭りが行われ、アイルランドの伝統を持つ人々を称えます。ですから、アイルランド本場で聖パトリックの日が広く祝われるのは当然のことです。なにしろアイルランドの守護聖人なのですから、アイルランド人が祝わなくてだれが祝うのでしょうか。

あなたがアイルランドにルーツを持っているなら、アイルランド流に聖パトリックの日を祝うためにと、アイルランドを訪れようと考えたことがあるかもしれません。アイルランドの聖パトリックの日についてもっと知るために続けて読んでみてください!

なぜアイルランド人は聖パトリックの日を祝うのでしょうか?

聖パトリックの日は、アイルランドにキリスト教の教えをもたらしたアイルランドの主要な守護聖人、聖パトリックの生涯を称える日です。聖パトリックの日は、彼が死んだと信じられている日に行われ、エメラルドの島(アイルランド島)のために行ったすべてのことに対して聖人を称えます。

聖パトリックとは誰か?

西暦300年代後半に生まれた聖パトリックは、家族とともにローマ支配下のブリテン島に住んでいましたが、10代の頃にアイルランド人の侵略者に捕らえられ、奴隷としてアイルランドに連れて行かれました。アイルランドで6年間過ごした後、彼は英国に帰国し、家族と再会しました。帰国後しばらくして、彼はアイルランドに戻り、その人々にキリスト教を紹介することを選びました。彼は紀元461年に亡くなるまでアイルランドにとどまり、島に教会や修道院、学校を設立しました。

アイルランドのメイヨー県にあるクロー・パトリック(リーク山の愛称)のふもとにある聖パトリックの記念碑
アイルランドのメイヨー県にあるクロー・パトリックのふもとに立つ聖パトリック像

聖パトリックについては、多くの伝説が生まれてきました。彼はアイルランドから蛇を追い払い、クローバーを使って三位一体の概念を説明し、クロー・パトリック山で40日間断食したと言われています。

聖パトリックの日の歴史

聖パトリックの日は、アイルランドでは早くも9世紀または10世紀には祝祭の日として祝われていました。1631年、カトリック教会は公式の聖パトリックの祝祭を制定しました。聖パトリックの祝日は、礼拝と祝祭の両方の日でした。朝の教会での礼拝が終わると、家族は家に帰ってごちそうを食べ、祝いました。聖パトリックの日は四旬節の半ばに当たったため、この祝日は、四旬節の期間に通常行われていた制限を一旦休止することとなりました。この例外が、休日が徐々にお祭り色を帯びていった理由だと考えられるかもしれません。

しかし、聖パトリックの日を今日のような祝祭に変えたのは、アイルランドからの移民たちでした。最初の聖パトリックの日のパレードは、1601年に現在のフロリダ州にあるスペインの植民地で、アイルランドの牧師によって組織されました。より多くのアイルランド系移民が合衆国にやって来ると、聖パトリックの日の人気が高まり、その焦点も変わっていきました。聖パトリックの日は、アイルランドの守護聖人を祝う日から、アイルランドのあらゆるものを祝う日、アイルランドの遺産を真に誇りに思う日へとゆっくりと変わりました。

アイルランドでは聖パトリックの日はどのように祝われる?

アイルランド移民にとっての聖パトリックの日の意味が変わったように、アイルランドのお祝いも過去数十年の間に劇的に変化しました。海外で始まった多くの伝統はアイルランド人によって採用されましたが、多くの活動はアイルランドを訪れる観光客が祝うためのものです。

アイルランドの聖パトリックの日のゴールウェイ市の航空写真

アイルランドの聖パトリックの日の伝統

アイルランドの訪れる人の少ない地域では、聖パトリックの日は、世界の他の地域で行われる騒々しいお祝いよりも静かで、家族向けの祝日です。聖パトリックの日はアイルランドでは祝日で、銀行や学校が休みになります。多くの人がミサに出席して一日を始め、教会の礼拝の後に家族で盛大にごちそうの会を開くことがよくあります。伝統的な食べ物には、コルカノン、ソーダブレッド(訳注:イースト菌の代わりに重曹を使用して膨らませる伝統的なアイルランドのパン)、シチュー、ベーコンとキャベツ、ラム肉のロースト、ニンジンのグラッセ、ローストポテトなどがあります。

四つ葉のクローバーをカメラに向かって掲げる少女

もう一つの聖パトリックの日の伝統は、聖パトリックへの敬意を示すために、本物のクローバーの束を襟に留めることです。また、この伝統を称えるために、三つ葉のクローバーの形をしたピンやバッジを身に着ける人もいます。

他の国と同様に、多くの人が緑色の服を着て、多くの建物がその日を記念して緑色にライトアップされます。特に人口密集地域で、緑色に染められた食べ物や飲み物を販売している人たちがます。

一部の人々にとって、パブは聖パトリックの日に欠かせない場所となっており、多くのパブでは、コンサートや伝統的なケーリーダンス、そして常連客がともに休日を楽しむために、その他のイベントも開催されます。

聖パトリックの日にアイルランドを訪れる

アイルランドで聖パトリックの日を祝うことを検討しているなら、たくさんのことの中から祝う方法を選ぶことができます!ほとんどの主要都市(および一部の小さな都市)では、祝日を祝うためにパレードやフェスティバル、その他のイベントが開催されます。幾つか選択肢を挙げますので、そこから選ぶとよいでしょう。

北アイルランド、アーマー

北アイルランドのアーマー市は、聖パトリックと独自のつながりがあります。二つの大聖堂は聖パトリックに敬意を表して名付けられ、アーマーは聖パトリックが彼の最初の教会を設立した場所です。この街は、祝日の宗教的側面と世俗的側面の最良の要素を融合させ、一週間にわたってフェスティバルを祝います。このフェスティバルには、両方の聖パトリック大聖堂の間をたいまつを持って夜通し行列となって歩くビジルウォークや、市内のウォーキングツアー、野外コンサート、そしてもちろんパレードが含まれます。

アイルランドの聖パトリックの日を祝うパレードで踊るための衣装を着た二人の少女
アイルランドのダブリンで行われた聖パトリックの日のパレードで踊るパフォーマーたち。

ダブリン

聖パトリックの日は、アイルランドの首都ダブリンで数日間にわたったフェスティバルで祝われます。お祝いには、大規模なパレードやカーニバル、市内のあちらこちらで行われるエンターテイメントが含まれます。ライブ音楽やストリートシアター、美術展が街を活気づけます。

キルケニー

アイルランドのキルケニーを訪れて、中世風の聖パトリックの日を体験しましょう。キルケニーの街には、12世紀の城のほか、中世の建築物が数多くあります。キルケニーの聖パトリックの日には、野外マーケットやライブバンド、考古学体験、市場などのフェスティバルが開催されます。

北アイルランド、ベルファスト

北アイルランドのベルファストの聖パトリックの日は2週間続き、他の都市と同様に、音楽祭やパレードが行われます。また、アイルランドの文化や音楽、言語を促進することを目的とした文化芸術祭である Féile an Earraigh も開催されます。ベルファストは聖パトリックの中心地であり、アーマーと、聖パトリックが埋葬されているダウンパトリックの近くにあります。聖パトリックの日を過ごして、聖人本人についてもっと学びたいなら、ここが最適です!

自分のアイルランドからの受け継ぎを見いだす

アイルランド人の先祖がいる場合、聖パトリックの日は家族の受け継ぎとのつながりを持つ絶好の機会です。つながるもう一つのすばらしい方法は、先祖自身についてさらに学ぶことです。ファミリーサーチは最近、あなたの家族に関する情報を含んでいる可能性のある、新しいアイルランドの記録集を幾つか、すでにデータベースにある何百万もの記録に加えて公開しました。ぜひ一目見てください。何が見つかるかは、見てみるまでだれにも分かりません!



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Laurie Bradshaw